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虐待冤罪で学ぶ認知バイアス:連言錯誤

先日、揺さぶられっ子症候群(SBS)理論によって、
虐待を疑われた方の逆転無罪判決がありました。

このような冤罪が生じてしまうのは、
SBS理論を始めとする虐待の判定が人の判断を誤らせやすい
認知バイアスを多数包含していることが理由の一つに挙げられます。

今回は、「連言錯誤」と言う観点から、
虐待冤罪の問題を考えてみましょう。

マジックワード「総合的な判断」

SBS理論では、「3兆候」と呼ばれる症状
(硬膜下血腫、眼底出血、脳浮腫)を元に、
自動的に虐待を断定します。

これらの症状は他の原因によっても生じうる症状で、
3兆候があったからといって虐待的な揺さぶりがあったとは
本来は断定できません。

このことを指摘された時に、
医者、児相、警察が用いる言い訳の決まり文句として、
「症状だけではなく、総合的に判断している
と言うものがあります。

他にも色々考慮してその判断をしてるから正しいと言う主張ですが、
ここに「連言錯誤」と呼ばれるバイアスが現れます。

連言錯誤 とは

連言錯誤を一言で表すなら、
「条件を論理積で結んだ(特殊な)状況ほどあり得る」
と判断してしまう誤りのことです。

わかりづらいので例を挙げて見てみましょう。

連言錯誤の例

太陽の日が傾いてきた頃、
薄暗くなった路地裏を歩いていると、
あなたは、腹に包丁が刺さった死体を見つけました。

次のうちどちらがあり得そうでしょうか。


  1. これは殺人事件である
  2. これは知人もしくは見ず知らず人の犯行による殺人事件である。



連言錯誤の考え方によれば、
2番目を選択する人多くなります。
しかし、これは正しいとは言えません。

実は、上の例の場合は、
1,2は同じことを述べていると考えられます。
「殺人事件」となると、犯人がいるはずで、
その犯人は知り合いか知り合いでないかのどちらかであることは、
当然なのです。
つまり、2番目の選択は長々と書いてはいるものの
「殺人事件である」と同じことを述べているのです。
そのため、正解は1,2どちらも同じくらいあり得るとなるでしょう。

「知人または見ず知らずの犯行」という条件と
「殺人事件である」という条件を並べることで、
それが正しそうな印象を持ってしまうという現象は
連言錯誤と呼ばれています。

数式での表現

連言錯誤は、数式で表すと非常にシンプルに表せて、
どこがおかしいのかがわかりやすくなります。

二つの条件を論理式A,Bで表すことにします。
上の例では、
A: 殺人事件である
B: 知人もしくは見ず知らずの人の犯行
に当たります。

連言錯誤が生じている状況とは、
下のような確率の不等式で表されます。

 P(A) \le P(A\land B)

P(A)はAが正しい確率で、
P(A \land B)はAかつBが正しい確率です。

A \land Bが成り立つ状況では、
常にA単独でも成り立っているはずなので、
上の不等式は確率の性質に反した間違った状況ですが、
人はこの間違いを犯しやすいことが知られています。

条件付け確率におけるバイアス

連言錯誤では、いくつかの条件が連なることで、
確率の性質に反した間違った判断をしてしまうことが分かりました。

大雑把に言ってしまえば、
色々事情を並べるとそれっぽく思えてしまう現象と言えそうです。

虐待冤罪の話で言うと、
総合的に色々な事情を考えると、
(論理的には間違っていても)それっぽく思えてしまうことになります。

実際、連言錯誤の不等式の延長線上では、
ある証拠Eから、ある事実Aが成り立つ条件確率P(A|E)について、
その証拠が示す事実とは無関係に、
証拠を得る前よりも証拠を得た後の方が確信が高まると言う錯覚が生じます。

 P(A) \le P(A|E)

この時、Eと言う証拠が実はAを反証するものであっても、
あるいは、Aとは全く関連性のないものであっても関係ありません。

上の不等式は次のように連言錯誤の不等式から導かれます。

 P(A) \le P(A,E) (連言錯誤)
   = P(E)P(A|E) (条件付き確率の定義)
   \le P(A|E)P(E)は0以上1以下)

もちろん、確率の性質に反した連言錯誤から出発した
この不等式も正しくありません。

虐待判定におけるバイアス

「総合的な判断」と言う言い訳をするために、
関連する組織は、虐待の判断基準を作っていますが、
無理なこじ付けで基準を作ったせいか、
連言錯誤によるバイアスを含んだおかしな記述が、
いくつも見受けられます。

病院に行っても行かなくても

日本小児科学会が公開している 「虐待している保護者の特徴
によると、虐待している親の特徴として、
最初に次の二つが挙げられています。

1. 子どもの軽微な症状で、しばしば外来や救急外来を受診している
2. 症状が前から出ているのに、受診が遅れがちである。

病院に行く人行かない人どちらにも当てはまるので、
「知人か見ず知らず」の話を思い出してもらえれば、
これら二つの条件には何の判別能力もないことは明らかです。

このような無意味な証拠でも、
連言錯誤に陥った総合的な判断では、
虐待をサポートする証拠になってしまうのです。

治療に同意しようとしなかろうと...

同じく日本小児科学会の「虐待している保護者の特徴」によると、

直ちに治療をし、治すことを要求する。
逆に、説明に納得せず、治療を拒否する。

とあります。

自分で「逆に」と述べてる当たり、
おかしいことに気づいても良さそうですが、
これも先ほどと同様に判別能力のない条件です。

家庭にリスクがあろうがなかろうが...

続いて、日本子ども虐待医学会が発行しているマニュアルの
「子ども虐待対応医師のための子ども虐待対応・医学診断ガイド」
には、判断基準に関して、次の二つの記述があります。

・家族リスク:社会的孤立、経済的要因、複雑家庭等
・高学歴・高所得・高社会層で、リスクの全くない家庭にも SBS/AHTは発生しうる

こちらも同じように、
家庭のリスクがある場合とない場合どちらにも当てはまる記述です。

二つ目が、SBS/AHTに限定されている話なので、
上の記述を正しく解釈するなら、
SBS/AHTを疑う際に家庭のリスクは判別能力を持たないと言うことです。

SBS/AHTを疑っているときに、
「高所得でも起きる」という記述に当てはまると言って、
判別能力のない証拠にも関わらず、
総合的な判断の一つの証拠に組み入れてしまうという
間違いは十分に起こりそうです。

まとめ

「総合的な判断」によって生じる
認知バイアスについて見てきました。

人は、無意味な証拠であっても、
「総合的に判断」することで、
誤った判断を正しいとご認識するバイアスがあります。

このような誤りを避けるためには、
何を根拠にしたかを明示して、
その根拠が本当に有効かどうかを見つめ直す必要があるでしょう。

「総合的に」と言った時点で、
「間違ってもしょうがない」と思っていることを自覚する必要があります。

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