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虐待冤罪を生む恐ろしいシステム

最近、児童虐待の痛ましい事件が話題となり、
連日、ニュースで取り上げられていたのが、
強く印象に残っています。

そんな中、虐待の冤罪を取り上げた下の小説が、
2月6日に発売されました。

小説のストーリーはフィクションですが、
その中に出てくる虐待冤罪を生むシステムについては、
なんと、実際に存在しています。

ここでは、上の小説に出てくる虐待冤罪を生むシステムについてまとめておきましょう。

医者の鑑定が虐待の有無を決めてしまう

まず、重要な点として、
虐待の有無が医者の鑑定によって支配されてしまうということです。

虐待は、刑事事件として「傷害」や、
あるいはそこに殺意があれば「殺人、殺人未遂」などの案件となります。

ということは、当然、警察が捜査することになるのですが、
「脳内の出血がなぜ起きたか」なんてことは、警察に分かるものではありません。
正確にいうと、医者であってもその原因を特定することは困難です。

本来であれば、警察が捜査によって、虐待の事実を確実なものとする
証拠を集めることになりますが、
そこに確度の高い証拠はほとんどありません。

そんな中、警察の手元には、医師の意見、
「脳内の出欠は虐待によって生じうる、虐待の疑いがある」
だけが残り、それだけが頼りとなるのです。

もちろん、医者には、捜査能力などなく、
虐待の事実の有無まで突き止めるほどの能力は有していないので、
あくまで「疑い」があるという可能性レベルの話しかできないのですが、
それだけが、警察の便り綱になってしまうのです。

そうすると、結局は、虐待の有無についての警察の判断は、
医師の意見に強く影響されることになるのです。

どちらも虐待の確信に足るだけの証拠を持っていないにも関わらず、
警察は「専門である医師が言っているんだから、虐待してるんだろう」と、
ある意味責任を医師に投げることができます。

一方で、医師もこの意見が間違ったところで責任に問われないので、
「後は警察の仕事だ」と思っているでしょう。

このように、無責任に医者の意見が、警察の判断を決定づけるものになります。

SBS理論

上の時点でも危うい問題を孕んでいることが分かりますが、
もっと恐ろしいシステムが小説でも現れる「SBS理論」です。

これは、「硬膜下血腫」「脳浮腫」「網膜出血」の3つ(3徴候)が見られたら、
その幼児は揺さぶられっこ症候群であるとする理論です。
つまり、強く揺さぶられたということで、虐待を受けたと判断されます。

上の理論はぱっと聞くとそういうものなのかと思うかもしれませんが、
症状のみから「揺さぶられた」と判断することができるということに、
違和感がないでしょうか。

もし、症状から、何が起こったのかが分かるのであれば、
それこそ警察なんていらなくて、医師だけで事件が解決します。

でも、実際はそんなわけないですよね。
上の理論は何かがおかしいわけです。

特異性の問題

上のような理論が正しいとすれば、
3徴候の組み合わせは揺さぶられる以外では生じ得ないという
非常に強い関連性がないといけません。
このように、特定の事物に強く結びつき、
それ以外では生じない性質を特異的であると言います。

では、3徴候は、揺さぶりについて特異的なものでしょうか。

3徴候自体の関連

まず、小説内でも指摘されているように、
3徴候自身が関連し合っています。

硬膜下血腫というのは、脳の頭蓋内で生じた血だまりのことですが、
血だまりは、本来、脳が存在すべき空間を押すことになるので、
脳内の圧力が高まります。

脳浮腫とは、簡単に言えば、脳が腫れているということですが、
脳内の圧力が高まれば、それに押されて脳が腫れることになります。

網膜出血とは、目の出血のことです。
脳内の圧力が高まると、
脳に直結した目にも圧力が加わることになり、
その力によって出血することがあります。

つまり、硬膜下血腫の症状が現れた時点で、
脳浮腫や網膜出血を誘発してもおかしくないのです。

3つの独立した症状から判断しているのであれば、
より特異性が増すことになりますが、
今の場合、他の2つは硬膜下血腫にぶら下がっているだけなので、
結局、硬膜下血腫が揺さぶりに特異的かだけが問題の争点になります。

硬膜下血腫は特異的ではない

では、問題の硬膜下血腫は揺さぶりに特異的なのでしょうか。

硬膜下血腫は、実に様々な原因で生じ得ます。
つまり、揺さぶりに特異的ではないのです。

たとえば、生まれたばかりの新生児は、
分娩時の圧力によって、
硬膜下血腫を持っていることは珍しいことではありません。

硬膜下血腫が揺さぶり以外でも起きるとなると、
他の2つもそこから派生して起こるのですから、
結局、3徴候は揺さぶりに特異的ではないということになります。

逆の誤謬

特異的ではない症状から揺さぶりを断定してしまうSBS理論ですが、
どうしてこんな理論がまかり通ることになったのでしょうか。

小説ではそのいきさつも説明されています。

SBS理論の元となったのは、
「揺さぶられっこ症候群の子供を調べたら、3徴候が見られた」
という研究結果でした。

それが、意図的になのか、人の認知バイアスによるのか、
「3徴候が見られれば、揺さぶられっこ症候群としてよい」
と書き換えられて、診断の基準に取り込まれたのです。

「A→B」という情報を、「B→A」と誤って取る、
あるいは区別できなくなる人の認知バイアスは、
逆の誤謬と呼ばれます。

まさに、上で起こっていることは逆の誤謬と言えますが、
この認知バイアスが個人で生じたものではなく、
診断の基準を作成する集団によって生じたものであるのは驚きです。

もともとの主張からだと、
診断にはそのまま使えないので、
分かっていてわざと、主張を書き換えて取り入れた可能性もありますが、
真実は闇の中です。

何にしても、間違った認識のもとに基準が作成され、
それが使われているというのは大きな問題でしょう。

循環論法

上のような基準が出来上がると、
その後の医学研究が破綻していきます。

その破綻の原因となるのが循環論法です。

循環論法とは、
Aさんの言うことは正しいってBさんが言ってた、
Bさんの言うことは正しいってAさんが言ってた。
というように、
互いが互いの根拠になり、
独立した根拠を提示できていない状況を指します。

SBS理論の検証を次のように行ってみることにしましょう。
3徴候が見られた子供が本当に揺さぶられっこ症候群と診断されるのかを検証する。

ところで、揺さぶられっこ症候群であるとは、どう判断すべきでしょう。
本当に揺さぶられたかどうかは分かりません。
困りましたね。

でも大丈夫、診断の基準があります。
「3徴候があれば、揺さぶられっこ症候群とみなしてよい」なのです。

さあ、おかしいことに気づいたでしょうか。

診断基準が出来上がってしまったことで、
3徴候を基に揺さぶられっこ症候群と決めつけられるようになってしまいました。

そうすると、3徴候の子は自動的に揺さぶられっこ症候群になってしまいます。

3徴候の子が本当に揺さぶられっこ症候群と診断されたかどうかは、
調べるまでもなく、基準に従う限りYesです。

つまり、一旦上の基準ができたことで、
それ以降のSBS理論をサポートする研究全てが破綻してしまったのです。

破綻しているものを破綻したと気づかずに、
次々SBS理論は正しいという結果を出し続けたことでしょう。

このように、循環論法とは学問の世界において、
いわば「ガン」のように悪さをします。
だからこそ、まっとうな科学者は循環論法に対して苛烈な拒否反応を示すのです。

日本での現状

SBS理論に大きな問題があることは分かりましたが、
残念ながら、日本では、まだSBS理論を使った診断が続けられています。

実際、下記で「奥野総一郎衆議院議員が、
硬膜下血腫があれば虐待を疑うことに医学的根拠はあるのかと質問されています。

www.shugiin.go.jp

その回答は、
総理大臣の名前のもとで、
3徴候があれば揺さぶられっこ症候群という
SBS理論をそのまま引用して答えています。

www.shugiin.go.jp

つまり、日本政府の見解では、
SBS理論を使うことは認められているようです。

一方で、最近になって、
このSBS理論を適用して虐待認定された親の
逆転無罪や不起訴が増えてきているので、
少しずつ改善はされてきているようです。

まとめ

ミステリー小説というジャンル上、
ネタバレは避けるために、
小説に出てくるSBS理論や、
それをめぐる問題についてまとめました。

上のような問題を、
ストーリーの中で臨場感を持ちながら読めるのは、
現時点ではこの小説くらいではないでしょうか。

興味がある方は是非お手に見てください。

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